インド3日目☆生の終わり、死のはじまり。マニカルニカーガート。

インド3日目☆生の終わり、死のはじまり。マニカルニカーガート。

目が覚める。
1、2時間くらい眠っていたらしい。
寝起きのだるさはあるけれど、なんだかすっきりした気持ち。

時刻はまだ早い。
朝のボートで行くのをやめた火葬場に歩いて行ってみることにした。

マニカルニカー・ガート。

ここで地球の歩き方を引用。
「マニカルニカーとは宝石の耳飾りのこと。ヴィシュヌ神が自ら掘った池のほとりで苦行に励んでいると、シヴァ神が現れて何でも
願い事を叶える約束をした。シヴァ神のいるこの都に永遠に住みたいというと、シヴァ神は喜びにうちふるえ、耳飾りが池の中に落ちたという。
ここは火葬場のガートで、24時間火葬の煙が途絶えることがない。ここに運ばれてきた死者は、まずシヴァ神を祀るターラケーシュワル寺院に安置される。
死者の耳にシヴァ神がターラカ・マントラ(救済の真言)を囁くことで、生前いかなる大罪を犯したものでも解脱できるとされる。死者がガンジスの水に浸され、火葬の薪の上に乗せられると、喪主が火を付ける。遺灰は火葬場の仕事をするドーム・カーストの人たちによってガンガーに流される。
ちなみに、子どもと出家遊行者は荼毘に付されず、石の重しをつけて河の深みに沈められる。子どもはまだ十分に人生を経験していないから、また出家遊行者はすでに人生を超越しているからだと言われる。ヒンドゥー教徒は墓をもたないが、命日などには祖霊供養を欠かさない。」

ところで、ガートについての説明も、今更だけど。
ガート(ghat)とは、沐浴場などに使用する堤のこと。ガンジス川沿いには84ものガートがあって、それぞれに名前と意味がある。
またガートにはそれぞれ街へ通じる路があって、一歩街に踏み込むと、ガンジス川の静寂さとはうってかわって、バラナシで生きる人々の活気であふれかえっている。

マニカルニカーもガートの1つ。だけど沐浴ではなく、火葬場としての役割を持つガートなのです。
バラナシ川沿いにはもう1つハリシュチャンドラ・ガートという火葬場もある。マニカルニカーに比べて規模は小さいが、こちかからも人を焼く煙が絶えず
あがるわけである。

ガンジス川沿いを歩く。
いつもと変わらぬバラナシ。
一歩歩けば、
お前らどこからきた、日本か、中国か?
ひげそるか?
マッサージしてやるぞ。
ボートのるか。
の嵐。

NOって言うのも疲れてきた。
疲労感を顔にだして無視。

クリケットを楽しむ少年たち。
やぎ。
うし。

どんどん進むと、薪が山積みになっている。
火葬場が近いようだ。

緊張してくる。

だって、、、火葬場だよ?

いよいよ火葬場へ。
ここは、観光客を相手に、薪代だの、ガイド代だのを要求してくる人が多いらしいので注意とのこと。

早速入り口(入り口といっても、ここから火葬場ですみたいな表示とか門とか柵がある訳じゃない。突然、火葬場が目の前に広がる)でインド人のお兄さんに、「ここは絶対写真を撮っちゃいけないよ。今朝も韓国人が勝手に写真を撮って、遺族と言い合いになって大変だったんだ。気をつけて」と声をかけてきた。いつもならこれも怪しいと思うところだが、すっかり火葬場の空気感に緊張していたわたしは、わかった、絶対撮らないし、ありがとう!と彼に感謝をつげた。彼も、分かったならよろしいという感じ。この人は本当に親切で教えてくれたみたい。ちなみに、本当にここは写真NG。

前に進むと、目の前でまさに人が焼かれている。
4、5体は焼かれている、もしくはこれから焼かれる状態だった。
炎の中に人の形がはっきりと分かる。
真っ黒焦げだ。

炎が届いていない部分はまだ人肌の色をしていて生生しい。

ここでは1日に200人もの人が火葬されるそうだ。
という情報は次に近づいてお兄さんが教えてくれた。teshセンサーが反応したらしく、
無視しなさいと言われたので、無視。
それでも彼は食い下がる、どこから来たのか、日本か?
きかれ、teshがモンゴルだとてきとーにこたえると、明らかに日本人なのに変な奴らだと思われたのでしょう、
ちっと言わんばかりの態度で去って行った。
この態度から考えるに、ガイド料せびる系だったのかもしれない。

目の前では人が焼かれているのに、
こっちは騙されないように必死。
またも心も頭もぐちゃぐちゃである。

女の人はオレンジの布、男の人は白い布に包まれている。
火葬場に運ばれてきた遺体は何回かガンジス川に浸されてから
積み上げられた薪の上に寝かせられる。その上にさらに薪を置く。

ネパールでも火葬場にいった。
結構長い時間、その様子を眺めていた。
しかしネパールは対岸からのみ。

こんなに近くで人が焼かれる様子を見るのははじめてだ。

不思議と怖くない。

煙が空と交わる様子を見ていると、魂が天へ天へとのぼっていっているように見えて、
不謹慎かもしれないけどなんだか美しかった。
きっと、この人も生前は真摯にガンジス川に祈りを捧げていただろう。
きっと、ガンジス川に包まれて死を迎えるのは、信者にとってとても幸せなことなのだろう。

数年前、私の大切な人が、癌を患って亡くなった。
その時も火葬だったわけだけど、遺体は炉の中にいれられ、固く重い扉が閉められ、
着火される様子はそれはそれは悲しくて、怖かった。
熱いんだろうな、、、狭いんだろうな、、、本当のお別れの寂しさとともに、その儀式そのものに、
その環境にすっかり怖じ気づいてしまったのだ。

しかし、どうだろう。
ここでは、そんな気持ちがこみ上げてこない。
もちろん、自分の知らない誰かであるからかもしれない。

だけど、それ以上に、やはり、ここに信仰が常に漂っているからかもしれない。
ガンジス川が変わらず呼吸しているからかもしれない。

死ぬことが終わりではなく、はじまりであることを感じた。
輪廻。本当にあるのかも。

そんなことを考えていると、私のと隣に真っ白で大きな牛がやってきた。
ぴったりと私にくっついてくる。優しい目。
火葬場であっても、何食わぬ顔でたくさんの牛が他のガートと変わらず、のんびりと過ごしている。

牛にはもう馴れていたし、白い牛が神々しくみえ、特に追い払うでもなく、一緒にみんながガンジス川に帰って行くところを
見届けようねと思った次の瞬間、、、牛が小を、、、小をしはじめた。小といっても牛のだから、、、相当である。
あえて聖水とでもいえばよいのか。

一目散に牛から遠ざかる。周りにいた人も逃げ出した。

・・・。

牛なあ。。。。。
牛、、、、なあ。。。

場所を変えて、もう少し見学しようと思ったけど、、、もはや気持ちはなえなえ。
退散することにした。

牛なあ。。。
君には勝てん。

そういえば、三島由紀夫もここに訪れ、彼の遺作である『豊穣の海』の「暁の寺」でマニカルニカーガートのことを書いている。

「屍は次々と火に委ねられていた。縛めの縄は焼き切れ、赤や白の屍衣は焦げ失せて、突然、黒い腕がもたげられたり、屍体が寝返りを打つかのように、火中に身を反らすのが眺められた。先に焼かれたものから、黒い灰墨の色があらわになった。 ものの煮えこぼれるような音が水面を伝わった。焼けにくいのは頭蓋であった。絶えず竹竿を携えた穏亡が徘徊していて、体は灰になっても頭ばかり燻ぶる屍の、頭蓋をその竿で突き砕いた。力をこめて突き砕く黒い腕の筋肉は焔に映え、この音は寺院の壁に反響して戞々とひびいた。

ここに悲しみはなかった。無情と見えるものは皆喜悦だった。
輪廻転生は信じられているだけでなく、田の水が稲をはぐくみ、果樹が実を結ぶのと等しい、常にくりかえされる自然の事象にすぎなかった。
それは収穫や耕耘に人手が要るように、多少の手助けを要したが、人は交代でこの自然の手助けをするように生まれついているのだった。

インドでは無情と見えるものの原因は、みな、秘し隠された、巨大な、恐ろしい喜悦につながっていた!
本多はこのような喜悦を理解することを恐れた。しかし、自分の目が、究極のものを見てしまった以上、それから二度と癒されないだろうと感じられた。
あたかもベナレス全体が神聖な癩にかかっていて、本多の視覚それ自体も、この不治の病に犯されたかのように。
しかし、この究極のものを見たという印象は、次のような瞬間が来るまでは十全ではなかった。その瞬間は、本多の心を、水晶のような純粋な戦慄で撃ったのである。
すなわち、聖牛がこちらへ向いた瞬間。

インドではどこでも、慫まな行動が許されている白い聖牛が、この火葬場にも一頭うろついていた。」

牛なあ。
たしかに、火葬場での牛は達観しているようで、あちらとこちらを自由に行き来してしまいそうな、そんな印象を漂わせていた。

 

 

帰り道もどっから来た?これ買うか、どれがほしいかといろいろ声をかけてくる。
またもteshがモンゴルから来たと答えると、うまく伝わらなかったらしく、マンゴー?
お前らそれはフルーツの名前だぞ?どっからきた? だからモンゴル。
マンゴー????だからフルーツじゃないか。お前ら変だぞ!と苦笑しながらさっていった。

モンゴルをもんごーぅって感じで撥音したからマンゴーに聞こえたんだろうねw

その後、近くのホテルの屋上のカフェ「ドルフィンカフェ」で喉を潤す(ドルフィン感は皆無w)。
teshがそこでフレッシュライムソーダにはまる。
ビールの代わりに炭酸水が気持ちいいらしい。

メインガートまで戻ると、またもやヒゲそるかー、これくうかー。
ああああああああ、ちょっとほっといてくれw

teshがマッサージのおじさんにつかまる。
25ルピーとのこと。teshはマッサージをうけることに。

はじめに自己紹介。tesh&ほこです。どうぞよろしく。

ガートの階段にござを敷いて、その上でいざマッサージ開始。
頭から首肩、なんだか気持ち良さそう。

するとマッサージのおじさんに「おまえ、名前何だっけ?クックーだっけ?」

クックー???

どこからでてきた、クックーw

「いや、ほこです」

「ほこー。おお、ほーこー。」
なんか、私の名前を嬉しそうに復唱しながら、他のマッサージ師にこいつほこっゆーんだぜと
いいふらす。なんだw

クックー。
新しい名前を得た。

しばらくすると、おじさんがt全身やったから300ルピーだと言い始めるw
でたwまあ、だいたい予想の範囲内だが。
いやいやいあや25ルピーって約束したじゃん!
あれは頭から肩までの値段だ。それにtesh、お前の体はがっちりしていてとってもハードワークだから
これくらい当たり前だ。

wwwwww

定価なんて存在しない。

何度かこんなやり取りをして、、、結局200ルピーを支払うことに。

たしかに、25ルピーは激安である。50円。
おじさん、ありがとう。
クックー使うよ。

夜はまたプージャにやってきた。
これに参加すると安心する。


プージャが終わり、今日もすばらしかったと感動にひたりながら、
ご飯どころを探すところに。

 

 

 

 

 

 

ちょっと気になっていたしゃん亭というお店へ。
なんでも韓国料理と日本料理を食べられるらしい。海外で日本食って食べたこと無かったから
興味本位で入店。

teshはかきあげそば、わたしはオムライスを。
3,40分して、ようやく料理がでてきた。
日本ならクレームがつきそうな待ち時間だがここはインドだもんなとあきらめがつく。

いっただきまーす。パクリ。

 


・・・まっず!!!!!
まっず!というか身の危険をかんじた。
絶対、材料くさってるでしょ。
おいーーーーーーーー。
おーーーーいーーーーーーーーー。
すっごく残してお店をでた。

 

地球の歩き方でこのお店のことを調べると「賛否両論のお店」と書いてある。
わたしは完全に「否」である。
1ミリもオススメできない。

 

 

 

お腹を壊さないようにと祈りながら眠りについた。

 

 

 

 

 

 

※おまけ※
今日、ドルをルピーに両替するのにとある両替屋に入った。
300ドルをわたすと、200ドルしかないという。
???
そんなはずはない、しっかり300ドルあるはずだ。
現に、今おっさんが数えるのを一緒に数えてたが300ドルあった。

じゃーお前らも数えろと渡されて数えると200ドルしかない。

やられた・・・100ドルをいつの間にかこのおっさんにくすねられたっぽい。

くやしーーーーーーーーーーーーーーー。

いつの間に、どのタイミングで。。。
確かに、いろいろごそごそしてたもんな。

しかしマジック。きつねにつままれたようだ。

涙をのむはめに。

みなさんも気をつけて。
レートとか考えず、ホテルで両替するのが安全かも。